British Rock

『クリムゾン・キングの宮殿』キング・クリムゾン

クロスレヴューvol.1


No.1 
名前 
電子メール 
xenon-cd@02.246.ne.jp
URL 
http://www.02.246.ne.jp/~xenon-cd/
いつ聴いたか 
1972年 
その時の境遇 
中学生 
今でも聞きますか 
このアルバムではなく近年発売された『エピタフ』という同時期のライヴCD4枚はたまに聞いてます。 
レヴュー本文 
純粋にクリムゾンのアルバムの中から最も好きなものを選ぶとしたら、迷わず『アイランズ』を選択するのだが、自分にとって最も重要なアルバムとなると『宮殿』になる。なぜなら洋楽初心者の時代にカルチャー・ショックと呼ぶに相当するすさまじいまでの衝撃波をこのアルバムは私に与えたからだ。その時点において、自分が体験しえるすべての音楽の中でもっとも素晴らしい音楽に思えたのがこの作品だった。子供が初めて大人の甘美な楽しみを覚えたような感覚に陥った。勿論例にもれず二曲の大シンフォニック大会「エピタフ」と「宮殿」に陶酔しまくった。当時ピンク・フロイドも自分にとってはローテーションだったのだが、フロイドのように感覚的でなくハナっから知的あるいは確信犯的な醒めた雰囲気を感じさせたクリムゾンの方にどんどん興味が移っていったのを覚えている。 

ロックとりわけヨーロッパのロックシーンにおいて、歴史に名を残すアルバムを選ぶとしたらこの一枚は絶対に外せないと思う。ビートルズ、アレクシス・コナー、クリーム、セックス・ピストルズ等と並んで重要だと思う。無論このアルバムより前にムーディー・ブルースやプロコル・ハルムといった、この系列の萌芽が芽生えてはいたものの、それらは明らかにヨーロッパの伝統音楽を踏襲した形にすぎず、クリムゾンが行った伝統音楽を一度粉砕し、改めて組みたて直したことによって破壊と構築美が同居する形で具現化した音楽には到底及ぶものではなかったからだ。 

私はかつてクリムゾンの歴史本のようなものを読んだが、他のアルバム(2nd以降)が作られる過程は丁寧に書かれているし、読んでみてそれなりに理解もできたのだが、このアルバムの制作過程だけはどうしても理解できなかった(その理由は簡単でロバート・フリップ中心に書かれているからだ)。前身の『GG&F』にイアン・マクドナルドとジュディー・ダイブルが加わりグレグ・レイクがピーター・ジャイルズと交代してから、どのような経緯を経てこの作品に繋がるのか、その線が全く見えてこない。無論マクドナルドという稀有の天才が果たした役割の大きさは想像できるのであるが、ロバート・フリップの統制下に置かれる2nd以降と明らかに異なる経過で作られたこのアルバムの制作過程が明らかになる資料でも発売されたら私は飛びついてしまうだろう。ただ、この疑問はフリップによって作られた、このアルバムの未収録曲集とでも呼べる2nd『ポセイドン』やマクドナルド&ジャイルズの唯一のアルバム、近年発売された『エピタフ』シリーズを組み合わせると僅かながらその手掛かりが得られのではあるが。 

最後に、余談ではあるが、このアルバムが初めて日本で紹介されたのは1971年であり、アメリカでのディストリビューターだったアトランティック・レーベルを通じてワーナー・パイオニア社から発売された。日本での発売順は3rdの『リザード』の次である。英国で発売された69年当時は英国アイランド・レーベルと契約していた日本フォノグラム社、もしくは米国アトランティックと契約していた日本グラモフォン社(現ポリグラム社)から発売されても良かったはずなのに何故か見送られている。69年当時の日本では「出しても売れるはずもない」と判断されたのであろうか?(Feb.99) 


No.2 
名前 
ごうき
電子メール 
g1201@aol.com
URL 
http://members.aol.com/g1201/
いつ聴いたか 
1973年 
その時の境遇 
中学生でした。 
今でも聞きますか 
年に1度くらいは聞きます。 
レヴュー本文 
今現在、好きかどうかは別にして、四半世紀を超えたロックファン歴の間で「初めて聴いてぶっとんだ曲」を3つあげると、まずはビートルズの「ひとりぼっちのあいつ」。「ミッシェル」が聴きたくて買った4曲入りコンパクトEP(そんな名前だったっけ?)に入っていて、コーラスの素晴らしさに鳥肌がたったのを覚えています。それからディープ・パープルの「ノッキング・アット・ユア・バック・ドアー」。これは第2期という黄金時代のメンバーで再結成された第1弾アルバムの1曲目。「あの、パープルが帰ってきた!」と興奮しました(ただし、2曲目以降で萎えました)。そしてもう1曲がキング・クリムゾンの問答無用の名曲「エピタフ」でした。NHKのラジオ番組で渋谷陽一氏がかけたものを聴いたのだと思います。 

それまでビートルズとかヒットポップスしか聴いていなかった耳に飛び込んできた「エピタフ」の衝撃は、今もはっきりと覚えています。世の中にこんなにきれいな曲があるのか、と思いました。壮大で叙情的な「エピタフ」は、他の曲も知らないのに、当時中学生だった私に、欲しかったビートルズのLPを後回しにさせ、ためた小遣いをはたいて『クリムゾン・キングの宮殿』を買わせてしまうパワーを持っていました。で、アルバムを聴いてまたまた打ちのめされました。わずか5曲ながら「エピタフ」に勝るとも劣らない曲がならんでいるではありませんか!たしかレコードの帯に「アビー・ロードを抜いて」云々と書いてあったような記憶があるのですが、たしかに(どちらが上かはさておき)『アビー・ロード』に対抗できえるアルバムだなあ、とは思いました。「エピタフ」を期待していた私には「21世紀の精神異常者」は別の意味で衝撃でしたし、その衝撃の後の「風に語りて」の安堵感、そして「エピタフ」で訪れる最初のピーク。もちろん今では初めて聴いたときのような驚きこそありませんが、感動は変わりません。「ムーンチャイルド」を経て「クリムゾン・キングの宮殿」でまたまたピークを迎えます。たかだか40分の間にこれほどのドラマを感じられるアルバムは初めてでした。 

このアルバムを買った時の思い出には、こんなのもあります。確か買ったのが休みの日、日曜日か冬休みだっただったのですね。買って2度くらい聴いたところで、友人が遊びに来て、もう一度一緒に聴いたら、貸してくれと言われました。普段いろいろとお世話になっている友人だったので、買ったその日に貸してあげました。1週間くらいで戻ってきましたが、何とおまけつき!その友人もクリムゾンにはまってしまって、『リザード』や『アイランド』を買って持ってきてくれたんですね。その友人はそれからしばらくのうちに、すべて買いそろえて、わたしもすべてのアルバムを聴くことができました。 

さて、あれから四半世紀。先日久しぶりに聴きました。近所のロックおばちゃん(還暦!)とブラック・サバスやらレインボーを聴いた後、その息子(30才くらいでドラムをやってる)も我が家に来て『宮殿』を聴きました。彼の言うのには「音はスカスカでドラムの音なんて古いけど、すごい!」でした。そうですね、『クリムゾン・キングの宮殿』は、私にとっても「すごい!」アルバムでした。その一言のためにだらだらと書いてしまいました・・・ 

(もひとつ、おまけ)時々家族でフリーマーケットに出店する私。いつもCDに買い換えたLPレコードを出してます。家族で外食をしたら無くなってしまうような売り上げですけど、レコードを求める人との語らいが楽しいです。でも、意外なことに前回200円で出した『宮殿』の国内盤(ワーナー)が売れませんでした・・・(Apr.99) 


No.3 
名前 
エーハブ船長
電子メール 
yutayuta@iris.dti.ne.jp
URL 
http://www.iris.dti.ne.jp/~yutayuta/index.htm
いつ聴いたか 
1985年 
その時の境遇 
中学3年生 
今でも聞きますか 
たまに聴きます 
レヴュー本文 
私事で始めさせてもらうが高校生の時のことだ。美術の授業で銅版画を作ることになって、僕は本作のジャケットの顔を模写することにした。レコードをじっくり眺めながら下絵を書いたり、いい加減な性格の自分にしては丁寧にアプローチしたのだが、いざ出来上がってみたらオリジナルとは似ても似つかぬ顔になっていた。あまりに稚拙な出来栄えに閉口したのか美術の先生はろくな評価をくれなかったのだが、個人的にはこれが良い思い出になっているから不思議である。まあ、単なる自己満足だと思いますが。 

そんなこんなで本作には色々な思い出がある。まず僕が初めてこのアルバム聴いたのは上記のエピソードのおよそ一年前、中学3年生の時だった。当時『こわれもの』の頃のイエスが好きだった僕はイモヅル式に当時のプログレッシヴ・ロック・バンドを聴き始めていて、ピンク・フロイドの『狂気』やEL&Pの『展覧会の絵』と共に本作にも手を出したのである。要は話題先行で興味半分に聴いたと言って良いのだが、いきなりのオープニング・ナンバー「21世紀の精神異常者」に聴いた途端腰が抜けてしまったのをよく覚えている。誰でも一度聴けば覚えられるであろう印象的なギター・リフ、極端にイコライジングされたヴォーカル、そして異様なまでに密度の高い演奏。それまで地味な楽器だと思っていたドラムやベースまでがギターやサックスと対等に渡り合って自己主張する、こんな演奏はそれまで聴いたことが無かった。しかし続く「風に語りて」と「エピタフ」という泣きのナンバーは特に驚くこともなく、B面の「ムーンチャイルド」の中間部に至っては聴いているうちに眠ってしまった(今はこの曲も聴いていられるようになったので自分も成長したなという気がします)。ただしラストの「クリムゾン・キングの宮殿」には当時から既に「21世紀〜」と同様の衝撃があった。多くの人が語る洪水のようなメロトロンと夢幻的なヴォーカルにはまさに迷宮に入り込んだかのような衝撃を感じた。「シンフォニック・ロック」なんていう言葉を認識し始めたのもこの曲を聴いてからだったし、メロトロンという楽器の独特の響きに魅かれるようになったのもこの頃からだ。かくして自分はこの時を境にクリムゾンが好きになった。 

もう一つ本作に関してよく思うのは、当時クリムゾンはフリップとイアン・マクドナルドのどちらがリーダーだったのだろうか、という話だ。今では誰もが思う「クリムゾン = ロバート・フリップ」の公式はファーストアルバム制作時のクリムゾンに当てはまるのだろうか。と言うのも本作はあまりにマクドナルドのカラーが強い気がするためだ。もっともフリップのことだから自分は裏方に徹してマクドナルドの才能を生かしたのかもしれないという気はするが。しかし本作以降、少なくとも『アイランド』まではフリップも『宮殿』の方法論に基づいてアルバムを製作していたように思うし、きっとフリップも暗中模索せざるを得なかったほど本作の完成度が高いということなのだろう。ロック史上もっとも音の悪い名作(と僕は思っている)『アースバウンド』でリスナーの度肝を抜いた後で発表された『太陽と戦慄』以降のヘヴィ・メタリックな作品群は、フリップが『宮殿』の迷路から抜け出したことを意味していたと思う。一方のマクドナルドはクリムゾン脱退後『マクドナルド&ジャイルズ』という本作をより叙情的にしたような名作を製作しているがそれ以降裏方系ミュージシャンになってしまい、フリップが提示したような劇的な新展開は見せなかった(もっとも99年になって発表された初のソロ・アルバムは『宮殿』にも『マクドナルド&ジャイルズ』にも通じてこない作品で、これはこれで新展開なのですが)。 

取り止めの無い話を書いてしまったが、僕が本作を名盤と確信しているのは間違い無い。そう言えば本作の英国オリジナル、ピンク・アイランド盤のLPは後に出回ったものに比べて抜群に音が良いなんていう噂もあるが、本当のところはどうなのだろうか。ご存知の方いましたら教えて下さい。(Apr.99) 


No.4 
名前 
Mr.Lizzy
電子メール 
yasuba-3.27@gamma.ocn.ne.jp
URL 
 
いつ聴いたか 
1987年頃
その時の境遇 
いろいろな音楽を聴いていました。
今でも聞きますか 
聞きます
レヴュー本文 
このアルバムを語るときよく「ビートルズのアビーロードを抜いた」と言われますが、そのことはこの傑作アルバムを語るうえでなんの意味も無いことです。
このアルバムが60年代の後半に突如出現した、という事実。そしてそれがそれまで誰も聴いた事がない凄い音楽だったという事実。さらにその後プログレッシブロック
のバイブルとなり、現在も多くの人に衝撃をもって聞かれ続けているということ。そのことこそが大事なことなのです。
キングクリムゾンと聞いて想像する音楽はどんなものでしょう。複雑なアレンジ、難解なメロディー、変拍子を多用したのれないリズムといった難しいロックというイメージではないでしょうか?
しかしこの彼等にとってのファーストアルバムでは1曲目を除いて、わかりやすいメロディーや大人しい演奏といった親しみやすさを備えており後の『太陽と戦慄』以降のアルバムにはない情緒性といったものが含まれております。
しかし聞きやすいだけではなく、やはりそこはクリムゾン。聴けば聴くほど深みにはまり、その恐ろしいほどの凶暴性や破壊力がジワジワと滲み出てきます。とくに1曲目の「21世紀のスキッツォイドマン」は荒れ狂うサックスや破壊的なドラム、狂気のギターなどにこのバンドの本質が見え隠れします。そして「エピタフ」のあまりの美しさと悲しさにこのバンドの持つ深みが表現されているように思います。
今聴いても凄いインパクトを持つこのアルバム。これが発売された当時に聴いた人の衝撃は相当なものだったでしょう。まさに新しい時代の音楽、真にプログレッシブな音楽の出現に当時のロックファンの興奮が想像されます。(Jul.02)


No.5 
名前 
電子メール 
URL 
いつ聴いたか 
その時の境遇 
今でも聞きますか 
レヴュー本文 


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