American Rock

『スィート・ベイビー・ジェームス』ジェームス・テイラー

クロスレヴューvol.1



No.1

名前 アブラヤ
電子メール aburaya@cool.email.ne.jp
URL http://www.asahi-net.or.jp/~dv5y-ucd/
いつ聴いたか 忘れた(笑)
その時の境遇 高校時代だったかな。
今でも聞きますか 時折思い出したように聴きます。
レヴュー本文  すらりとした長身に肩まで伸びた長髪に髭、ダンガリーのシャツにコーディロイのパンツといういでたちのジェームス・テイラーが、湖上に浮かぶボートに佇む写真を見たのが、彼との初めての出会いだったように記憶しています。
あれはたしか、彼が最初に来日する際にTVのCMで宣伝された時だったのかな?CMの背後で流れていた曲が「ファイヤー・アンド・レイン」だったか「君の友達」だったかまでは流石に覚えてはいなかったりするのですが、いずれにしても遠い昔の事だ。

 ジェームス・テイラー、なんてクールで素敵な名前なのだろうか…。
その名前を聞くだけで彼の物憂げで素朴な歌声と、あのメリハリの利いたギブソンJ-50のサウンドが脳裏をよぎったりする私なのでありますが、特に心底疲れ切っている時に聴く彼の歌は、とても心身共にリラックスさせてくれる不思議な力があるような気がします。

 この『スィート・ベイビー・ジェームス』は、彼がアップル・レコード時代に発表した『ジェームス・テイラー』から数えれば第2作目にあたる訳なのですが、きっと彼にとってアップル時代っていうのは、良い思い出ばかりではないような気がします。 もしも…っていう言葉は言いっこなしよ!と言われたら返答に困るのですが(笑)、もしもポール・マッカートニーとジェーン・アッシャーが破局しなければ、きっと彼のキャリアも随分と違ったものになったのではないでしょうか…。

 ジェーンの実兄でアップルのプロデューサーだったピーター・アッシャー共々追われるように英国を後にして、新天地アメリカ西海岸に移り、心機一転ワーナーからの再起1作目である本作品を、私は彼の実質的なデビューだと思っています。
それに彼とは幼なじみで、昔からの親友であるダニー・クーチマーとの友情抜きにしても、きっと本作品は成り立たなかったように思うのですが、もしもダニーとピーターが知り合いでなかったとしたら…嗚呼、もう止めておきますね。(笑)
しかし、何れにしても彼等以外にも沢山の仲間達が、本アルバムを世に出す為に力になってくれたのは間違いない事実でしょう。

 ただアコースティック・ギターを弾きながら歌うだけでは、誰もジェームス・テイラーの様にはなれないと思います。あの一見シンプルな歌の背後には、クラシック、ジャズ、ブルース、R&B、カントリー等々、様々な音楽を消化しきった上で辿り着いたシンプルな力強さを感じます。それに、あの達者なギターは本当に凄い!生ギター1本で、まるでピアノ奏者のように絶妙なベースラインやシンコペーションを利かせた独特の響きを持つコード感等々、彼以前には聴いたこともない独創的なサウンドには大層吃驚した記憶がありますが、彼はギタリストとしても素晴らしいミュージシャンだと尊敬しております。

 そして、事情を知らず呑気に覗き込んだら、思わず身震いするような真っ黒な闇が、彼の歌に存在しているような気がするのは私だけではないでしょうね…。
 LP盤でB面1曲目、CD盤でしたならば7曲目に収録されている曲で、彼自身の体験を基に作られたという「ファイヤー・アンド・レイン」という曲があります。
この曲は、彼が重度の心身症で長期療養していた時代に其処で知り合ったガール・フレンドが、後年 亡くなった事を知った際に作られたと云われる曲なのですが、《僕は炎や雨をくぐりぬけてきた…(中略)…でも、また君と会える日を夢見てきた。》と淡々と、しかし、まるで天にでも祈るような切実なジェームスの思いがヒシヒシと伝わってくる70年代を代表する名曲だと思います。

 この曲だけでも、より多くの方々に聴いていただきたいと思い、このアルバムをセレクトさせて頂いたのですが、 かつて彼が通過してきた過去は、おそらくそれなりに過酷な苦痛を伴うモノだったのではないかと想像するしかありません。
しかし、彼自身の体験を見事に対象化した結果、この「ファイヤー・アンド・レイン」は多くの他者へ伝わる普遍的なメッセージを獲得したのではないかと思いますし、だからこそ当時も現在も世間で消費され続けている凡百のセンチメンタルな曲とは、一億光年もの距離を隔てた時空に存在しているのではないでしょうか。
そう云った意味において、まさしく彼はロックしています。

(29.Jun,1999)



No.2

名前 グレコ
電子メール klaus33@ibm.net
URL  
いつ聴いたか1994年
その時の境遇就職元年。
今でも聞きますかカーステの常連になっとります。
レヴュー本文 ジェームスが甥っこのためにつくったといわれるこのタイトル曲は、いつ聴いても私を泣かせてくれる。理由はわからないんだが。

 バイク事故で発売延期になったといういわくつきのこのアルバムはピーター・アッシャーと決別してからの一枚目にあたる。この人物との関係が今でも続いているとしたら、一体彼はどうなっていたんだろうか?

 私がこのタイトル曲と並ぶベストチューンと考えているのが「ファイヤー・アンド・レイン」だ。キャロル・キングが絡んだこの曲は聴けば聴くほど味わいが出てくる、スルメ・ソング。

 そしてジェームスのシンコペーション奏法も特筆しなくてはいけない!
あれは真似しようとしてもできないと思う。ある意味ジェームスはギタリストでもあると思うな。バンドのメンバーもカメレオン男クーチをはじめとするザ・セクションで固められているのが嬉しい。

 こんなスバラシイ魅力で一杯のアルバムをつくってくれてありがとう!
これからもずっとこの曲を歌い続けて欲しい...Seet Baby James Forever

(2.Jul,1999)



No.3

名前 あにき
電子メール ykawabata45@hotmail.com
URL http://homepage1.nifty.com/aniki-voice/
いつ聴いたか 1972
その時の境遇 高校1年生。 ギターばっか弾いてました。
今でも聞きますか 時々。年に2回くらい。
レヴュー本文  アコースティック・ギターって、発想をかえるといろいろな奏法を作れるんやな、ということを学んだのがこのアルバムでした。まずはこのアルバムのギターの弾き方に興味を待ちました。『マッド・スライド・スリム』よりもわかりやすかったから。自分にとって大きかったのは、このアルバムのA-3「サニースカイズ」です。これってベースラインがランニングしながらなおかつバッキングコードも鳴ってる。しかもバッキングコードは分数コードにあたる和音で、ギター1本で弾いてもむっちゃかっこいい。で「こんなん弾きながら歌うわけないよな!」と思いつつ練習してたら、弾き語りでやってるライヴ・ブートレグを深夜放送で聴いて大ショック。それ以来、このアルバムの殆どの曲をコピーしました。

 サスガに最後の「スーツ・フォー・20G」やったかな、アレは一人でやっても面白くないんでやらんかったけど。で、何とか弾けるようになってきて、友達が持ってたJTとジョニミッチェルのデュオ・ライヴ・ブートレグを聴いたら、そんなもん楽勝でレコードなんかよりもっと難しいことをへーきでやってる。しかも「うわ、フルイね!(笑)」とかいいながら。このおっさん、エー加減にせーよ。人がやっと出来るようになってきたのに。と高校生の僕は本当に彼のギターの上手さに腹が立ったのです。

 いつも名盤紹介でこのアルバムがでてきたら、「彼は世代の癒しの声を持って登場してきた」みたいなことが書かれてて、あんまり音楽性について触れてるものを読んだ事がない。わずかに昔、細野さんがGUTSという音楽雑誌にギター奏法のフル・コピーを分析して書いてあったくらいかな。それはあまりにもったいないと思うのです。このひとの音楽的バックグラウンドは凄いものがありますよ。特に賛美歌系の和声からゴスペル・R&B・フォーク・シティブルーズ・POPJAZZなんかを兄弟4人で相互影響を与えながら聴いてきた人ですから、ボーカルのオリジナリティがすごいと思う。有名な話ですが、テイラー4兄弟の全員がレコード・デビューしてるし、そのうちのリヴィングストン・テイラー(弟)がジェームスにギターを教えたというし、ケイト(妹)もいいレコードを3枚だしてるしで、この一家は音楽一家ですよ。いずれまたそれらについては紹介しますが、特にリヴとケイトについてはいい音楽を作ってます。

 この人相当緊張するひとみたいで。オオサカでみたときも最初の5曲くらいは完全にステージ・フライトでした。あがってた。で、カポをポトっとおとして「ドロップ!」といったときにお客さんが「わかってるわーい!」。場内爆笑。でアガリが消えて、そこからの演奏は素晴らしかったのを覚えてます。そんなだから、レコーディングでも、最初の3枚くらいはチカラの70%くらいしか出てないように思います。本当にリラックスして録音できるようになったのは『ワン・マン・ドッグ』くらいからちゃうかな。だからこの『スウィート・・・』での彼には、全編をとおして何か神経質そうな空気があります。

 素晴らしいアルバムなんですが、その素晴らしさは彼の音楽性の高さであって、「やさしさ」とか「いやし」とかっていう余裕は、このアルバムにはないですよ。むしろ「あ、ビビッテルで、歌うとき。」というアガリ性が聴き取れるんじゃないかな。そこが聴き取れたからこそ、アメリカの若い奴らは共感できたと思うのです。「あ、おれみたいなヤツや。」っていう。ベトナム戦争が完全終結した75年に、彼は『ゴリラ』という明るいPOPなアルバムを出します。このアルバム以降の彼は、なにかつき物が落ちたように明るくて大らかな印象のアルバムを作っていき、広範な人々に受け入れられるようになっていきます。

 僕は、この74年までの彼も、そのあともどちらも好きです。でも、どちらかを選ぶとすれば前者を取ります。だって、気弱な彼が必死に自分を表現してるってのもROCKだなと思うから。

(Feb.18,2000)



No.4

名前 もじょきち
電子メール taira-a@okym.enjoy.ne.jp
URL http://www.enjoy.ne.jp/~taira-a/
いつ聴いたか 忘れたけど、二十歳より前
その時の境遇 貧相な高校生か大学に入れそうな頃か?
今でも聞きますか 聴けない(T_T)
他のアルバム、ベスト盤を聴いている
レヴュー本文  ジェームス・テイラーを聴いていると、ほのぼのした気分になるんだね。
キャリアとしては長いJ.T、プロデビュー頃は、紆余曲折アレコレ困難に直面したみたいだけど、ソロとして再起第一弾がこの『Sweet Baby James』タイトルからしてなぁ、本来、自分のことでないにしてもなかなか。苦難を切り抜けたからこそかも知れない。この時から、現在に至るまで"変わらないナァ"というのが結局のところ、この人のトレードマークになっている様なもんで、(それは、青リンゴマークの1stにしたって同じ事なんだけど)どの歌を歌っても「あっ、ジェームス・テイラー・・・」と心の中で、ぼそっとつぶやくように確認する、決して大声で「ジェームスじゃん!この曲、いいよなあ!!」とはならない。と、ジェームス・テイラーのファンってこんなもんじゃないのかな?(勝手な憶測だけれど)

 このアルバムのレヴューということだったら、的外れで、チョイト申し訳ないけれど、J.Tの場合どの時代のどのアルバムから聴いたって、さしたる違いはないでしょ?勿論、バックバンドの違いとか、追求すればそれなりになんだけど「ファイヤー・アンド・レイン」が実はドラッグを扱った歌なんだとか、それは時代背景が物好きな評論家にそう言わせたのかもしれないし、あの華麗なギター・スタイルはダニー・コチマーに教わったもんだとか、今はジェームス自身のスタイルな訳で、影響力大だし。で、この『Sweet Baby James』が多少ナイーヴな面を持ち合わせているにしても、5枚目として発表されようが、10番目のアルバムであろうが、それほど聴く側を驚かせはしないと思うのです。

「それじゃあ、アルバムに中身が無いみたいじゃないか!聴き込みようが足らんわい」と言われそうなんですけれど、実はある意味でこの人のアルバムはBGMなんです。ただし、喫茶店なんかでかかっている様なものでもなくて、ゆっくりと味わいながも、ホンワカとね。"聴き込む癒し系音楽"って云うのがいいだろうか。ああ、やっぱりアルバム・レヴューとしては甘っちょろいかなぁ〜、でもね、'70年代のシンガー・ソング・ライターって個人的な思いを自らのメロディーにのせて歌うもんだから、そんなに深刻なこと言わなくても大丈夫でしょう。「ジェームス・テイラーっていいよね」 「うん」「『スィート・ベイビー』好きだなぁ」「俺『ゴリラ』持ってる」…友達としては こうありたいもんです。

 或る日、某地にて、アメリカ人パイロットの観光用ヘリコプターに乗ったんです。小さな機内にかかっていたのはジェームス・テイラー。なんとなく鼻歌でハミングしながら、景色を眺めていたんだけど、まったくこれこそ"ホンワカ"していた訳で、実にいい気分だった。多分、パイロット(リチャードさんっていってた)も気持ちよく操縦出来るんだろーね。

(Mar.12,2000)



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