American Rock

『キッス・アライブ』『キッス・アライブ2』キッス

クロスレヴューvol.1


No.1
名前 テリー横田
電子メール terry@futaba.ne.jp
URL http://www.futaba.ne.jp/~terry/
いつ聴いたか 1976年
その時の境遇 坊主頭の中学生
今でも聞きますか いや。ははは……
レヴュー本文

 キッスといえば、中学・高校時代同じバンドだった友人がファンだったこともあって、アルバムもずいぶん聴いたし、ヒット曲の「デトロイト・ロック・シティー」等、何曲かはコピーもしました。人気のピークと自分の思春期がぴったり重なったことで、好き嫌いとは別に無視できない、複雑な思いがあります。

 実は自分としては、彼らのことを胸を張って好きだとは言えない部分があります。あの怪獣的なメイクとコスチューム、火吹き血吹きのステージパフォーマンスは、田舎の坊主頭の中学生だった自分にとってもまちがいなく衝撃でしたし楽しかったんですが、反面恥ずかしいというか、抵抗したい部分もありました。音的にも彼ら特有の、スピードメタルとは違うヘヴィーでダークな部分が、息苦しいなと感じる時もありました。

 しかしながら思春期に共有した思いというのはどうあっても動かせません。今でもありありと思い出すのは、初来日のステージをNHKがテレビ放映したのを、バンドの友人みんなで見た記憶です。MTVはおろか洋楽関係のメディア情報も極端に少なく、ましてや家庭用ビデオ等は考えられなかった時代です。彼らの演奏の一挙一動を頭に焼きつけようと、もうみんなそれこそ食いつくように見入ったものでした。
「ヤング・ミュージック・ショウ」という、なかなか笑っちゃうようなタイトルがついていたその番組は、不定期ながらほかにも海外からのライブソースなどを中心に、いろいろなバンドのステージを紹介してくれて貴重でした。少ない情報を仲間と共に、貪るように味わった中学時代。80年代以降、メディアからの洋楽情報も増えてみると、逆に一つ一つの情報の価値は薄れてしまった気がします。自分の食指もよっぽどの事がなければ動かなくなってきましたし、何とも皮肉なことです。

 このバンドへの基本的な印象は今でも変わりません。HR/HMの悪魔的なイメージを逆手に取ったマスカレード。エンタテイメントは不特定多数から支持されてこそ成立します。ヒットは至上命令。メイクの奥で「キッスというキャラクター」を常に演じることを強いられた分、バンドの維持は大変だったのではないでしょうか。その中での数々のヒット曲の水準の高さは立派だと思います。特に絶頂期に発売された「アライブ2」は、ほぼ全曲口づさめるヒット曲の嵐で実に楽しい。

 今回久しぶりにCDで買い直して聴いてみて、聴きながらあの頃の仲間たちとの記憶が蘇り、軽い感傷に浸ってしまいました。リヤカーにアンプを乗せて運び、隣が牛小屋という農家の納屋で練習、村の公民館を借り切ってのコンサート、チケットをさばきに他校へ乗りこむスリル、演奏中にストラップが外れた思い出、そういった思い出がすべて「キッス」という名前とあのコスチュームと結びついて出てくる。良心的なファンだとは決して言えない私ですが、その思い出がある限り、やっぱりキッスは一生聴き続けることでしょう。(2000.9.18)


No.2
名前 Yasu
電子メール yasooo@aol.com
URL  
いつ聴いたか 1975年
その時の境遇 UCLAに留学して間もない一学期目
今でも聞きますか 年に一度は聴きますね。
レヴュー本文

 70年代初期ののハード・ロックといえばそれはほとんどBritish Rockであり、アメリカのハード・ロックで思いつくのは、Grand FunkかBlue Oyster Cultしかなかった。でも自分の中でいつも聴きたいなあと思っていたのは英国のバンドのような完璧に創られたものではなく、水道の蛇口を全開にしたようなシンプルで無心にヘッドバンギングできるようなイケイケのハードロックだった。70年代にそうした意味での感激を与えてくれたアルバムというとKISS ALIVEとVan Halenの炎の導火線だと思う。

 1975年、僕は誰一人知らないロサンゼルスのUCLAに留学するために一人で海を渡った。初めての寮生活で毎日聴いていたアルバムはRainbowのファーストだった。ある日そこへ隣りの部屋に住んでいたボブというピーター・フランプトンとロジャーダルトリーを掛け合わせたような髪型のアメリカ人がやってきて「HR好きならこれを聴いてみなよ」といってKISS-ALIVEを貸してくれた。ジャケットを観て受けた第一印象は「何だ、NY Dollsのようなグラムロックかよ?」だったが、スピーカーからDeuceが流れた時はびっくりした。次から次へとテンポよく展開して行くこのアルバムこそ自分が求めていたロックなんだと感激しまくった。そして毎日他の住民達が勉強をする中、僕は葉っぱ吸いながらこのアルバムを掛けて轟音をならした。「Hey Yasu! Turn that fuckin' music down! We're trying to study here!」という苦情は毎日受けたが、その内に皆も僕の部屋に集まって(^_^)y-しながらヘッドバンギングしておった。

 1976年の2月頃にLAのForumでKISS ALIVEを観たけど、それはKISSのライブの中でもっとも良かったころだと思う。KISS-ALIVEのジャケでお馴染みのスタック・マーシャルが一列にならんだシンプルなステージの頃は本当に音楽にパワーがあった。ところがDestroyer以後のKISSはガキのロックというか、アイドル化してしまって音楽も商業路線になってしまう。パワーある演奏より派手なステージの仕掛けが先走りしてしまった商業的なKISSのALIVE2は最初のALIVEのような感激はなく、KISS-ALIVE3へと段々印象が薄くなっていく。ちなみに今年はKISS-ALIVE4が出る予定だったけど...やはりKISSこの一枚といえば75年のKISS-ALIVEしかないと思う。(2000.9.22)


No.2
名前 Kensaku
電子メール shikata@yabumi.com
URL  
いつ聴いたか 1997年
その時の境遇 しがないサラリーマン
今でも聞きますか たまに聴きます
レヴュー本文

 私、KISSに関しては最近になってからの新参ファンです。これは、10年ちょっと前に結婚した時の嫁入り道具として70年代の彼らのアルバムと、他のニューウェイヴ、パンク、ヘヴィー・メタルの訳分からないアルバムたちと新居へ来ました。その時に奥さんには宣言したんですが「一生聴かない」。

 実際、つい3年ほど前まではそうだったんです。あるとき、自分の聴きたいCDばかリ買ってるのでご機嫌とりにと奥さんのために、安かったのでKISSのベスト盤もついでに買って帰りました。そしたら、私も気に入ってしまい、その後来日も決まりチケットも買うしKISSアルバムはすべて揃えました。紙ジャケでも買いました。アナログ11枚組も買いました。もちろん、出ているヴィデオはすべて買いました。KISSTORYという何万円もする本も買いました。という状態です。

 前にも書かれてましたが、私もNHKのヤング・ミュージック・ショーは見てたんです。同番組の1回目の放送だったと思います。当時の洋楽情報なんてほんとに少なかったですから、なんでも動くミュージシャンが見られるのなら見よう、といわけで。「わかりやすいR&Rだったんだな」って印象でサウンドは好きでした。でも、ウケ狙いのパフォーマンスが当時は好きじゃなかったんです。そのときには私、オールマンとかドゥービーズでしたから。
 この映像のころのライヴなんですね、このアルバム。シンプルで、イキオイのあるR&Rなので元気が出ますね。って最近になってちゃんと聴いたのですが。でも、ちゃんとKISSを聴いてみてとても奥があるな、って思います。

 80年代のノーメイク時代のアルバムでも聴くべきものは有ります。ロベン・フォードやマイケル・ボルトンがらみの曲ではとても綺麗なメロディだし、ヴィニ・ポンシアがらみではポップだし。当時のメンバーがまた良かったんです。演奏技術という意味でも。
 その後、リユニオンになりますが、その直前の『REVENGE』アルバムでの彼らはどっしりとした大人のロックでした。個人的にはこれが好きなんです。このメンバーでは『ALIVE3』を出しました。このメンバーは素晴らしいです。特にドラマーのエリック・シンガーはジェフ・ポーカロのノリに近いと思います。彼自身はオールマンなんかを聴いてたというような発言がありましたけど。

 このアルバムについて皆さんのようなレヴューにならなかったのをお詫びします。でも、KISSはなかなかあなどれないです。(2000.9.26)


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