American Rock

『シカゴV』シカゴ

クロスレヴューvol.1



No.1
名前 YUKIO
電子メール yukiosaito@virgo.bekkoame.ne.jp
URL http://www.bekkoame.ne.jp/~yukiosaito/
いつ聴いたか 1972年
その時の境遇 中学1年かな?
今でも聞きますか 今は初期のアルバム(I、II、III)を時々聞きます。
レヴュー本文 シカゴというとデヴュー以来3作目までは2枚組、4作目のライヴはなんと4枚組という大作続きで子供の頃はとても小遣いで買えなかった思いがあります。ですからシカゴはこの『シカゴV』とベストアルバム(国内編集盤)が原体験ということになります。70年代初頭当時、ギター中心のブリティッシュ・ロックの洗礼を受けた耳には、どうもこのブラスロックなるものが素直には入ってこなかったのですが、「クエスチョンズ67-68」、「長い夜」のブラスのストレートな表現の潔ぎ良さは感じていました。が、いかんせん高くて買えなかったからね〜。(今は初期のI、II、IIIは揃えたけど4枚組ライヴだけは手が出ない...笑)

ブラスロックというとBS&T、チェイス、タワー・オヴ・パワーなどがありまして、どれも少しかじったくらいしか聞いてませんけど、どっちかというと大人っぽく、ジャズ、ファンク色が強い渋い感じでしたが、シカゴのブラスサウンドは、例えば「クエスチョンズ67-68」のイントロなどがその際たるものだと思いますが、子供(当時中学生だった僕達)にもよくわかる単純にカッコいい(それはある意味ではロック的とも言える...)ものでしたね。ブラスだけじゃなくてピーター・セテラのベースラインも実に魅力的だったりして...。

このアルバムはなんと言っても、僕達の土曜日の放課後のテーマ曲でもあった「サタディ・イン・ザ・パーク」。やはりこの曲は、いい。今でもついついサッタディ〜イヨムパ〜ッって口ずさんでしまうし、ピアノのイントロから軽くブラスがかぶって来る当たりよく出来たアレンジです。大好きな「クエスチョンズ67-68」の収められた『シカゴの軌跡/1st』や「長い夜」収録の『シカゴII』のほうが玄人受けするのかもしれませんが、(収録曲の邦題も何か妙に魅力的だったですね。)初めての1枚ものとして、コンパクトにシカゴサウンドが凝縮された『シカゴV』の肩の力の抜けたポップでさえある音を今聞き返してみると一つの到達点だったと言えなくもないと思います。いかがでしょうか?

(Feb.9,2000)



No.2
名前 ごうき
電子メール g1201@aol.com
URL http://members.aol.com/g1201/
いつ聴いたか 1972年
その時の境遇 中学生
今でも聞きますか 時々聴きますが、どちらかといえば『Live In Japan』で『5』の収録曲を楽しむことの方が多 いです。
レヴュー本文  昨年の秋に、一昨年リリースされたシカゴの『クリスマス・アルバム』を入手しました。いまだに現役で頑張って いるのはうれしいのですが、シカゴもすっかり様変わりしてしまいました。前作もスタンダード集でしたし。わたしが洋楽に目覚めた頃(1971、1972)、シカゴの日本での人気は、レッド・ツェッペリンやディープ・パープル以上に高かったような気がします。それは当時の武道館での公演回数にもあらわれています。ところが、彼らのレコード(LP)を持っている友だちはほとんどいませんでした。歯医者の息子がファーストアルバムを持っていたくらいです。なぜなら高くて、中学生には手が届かなかったからです。13作が2枚組、4作目のカーネギー・ホールでのライヴに至っては前代未聞の4枚組でした。
当時のソニー系の洋楽LPは、通常2100円、2枚組になると3600円だったと思うのですが、『AT CARNEGIE HALL』は7800円しましたからね。レコード店で見る分厚い箱は、まさに「高嶺(値)の花」でした。また、大ヒット曲の「長い夜」はもちろんですが、「クエスチョンズ67&68」もかなりラジオでかかっていたような記憶もあります。

 さて、この『シカゴV』(原題は2作目同様『CHICAGO』?)は、初めての1枚もののアルバムでした。今でも使われているあまりにも有名なChicagoのロゴが、どういうふうにレコードジャケットに使われるかは毎回楽しみですが、木にロゴを彫ったこのジャケは、ベストジャケットに選ばれた10枚目(チョコレート)と並んで、とても気に入っています。また、国内盤LPにはメンバー1人1人のジャケットサイズのポートレートが付いていて、裏には詳しくシカゴの歴史、解説、対訳などが載っていました。歌詞カードだけだった味気ないビートルズのLPと比べると、とても親切でしたね。当時のソニーでは、マウンテンのアルバムのライナーも豪華でした。ただし失敗だったと思うのは、邦題を今までの「僕」から「俺」に変えたことですね。ライナーにも<ロック・ミュージシャンは日本語で言う「僕」というニュアンスでは話さない(歌わない)>とありましたので、意識的に変えたのでしょうが、評判が悪かったのかどうかわかりませんが、次作から「僕」に戻っています。

 肝心の音の方ですが、何と言っても大ヒットした「サタデイ・イン・ザ・パーク」があります。シカゴの全レパートリーの中で最も好きな曲です。時代を超えた名曲のひとつだと思います。シカゴの最大の特徴といえばブラス・セクションですが、それまでのヒット曲にみられた、ぐいぐい曲を引っ張って行く演奏ではなく、ピアノやヴォーカルとお互いを引き立てあうような演奏が新鮮でした。アルバムはひとことで言うと「シカゴの最後のロック・アルバム」だと思います。6作目以降は、ポップ路線を進みたいピーターとのバランスを考慮したような部分が感じられ、荒々しさが急速に失われていきました。ファーストアルバムから歌われてきた政治的な歌詞も、このアルバムの「ダイアログ」や「俺達のアメリカ State Of The Union」を最後に歌われなくなりました。別に政治的なのが良いとか悪いではなく、怒りを良い方のエネルギーに変えていたシカゴは魅力的でしたからね。
「ダイアログ」の後半の白熱した演奏などは、今でも色あせていないと思います。それと忘れてはいけないのが、ピーター(高音部)、ロバート(中音部)、テリー(低音部)のコーラスの素 晴らしさですね。

 収録の全10曲中、8曲がロバート・ラムの曲。それまでにもバンドの半数以上の曲を書き、ヒット曲すべてを手がけたロバートがいちばん輝いていたアルバムでもあります。これ以降、他のメンバーの書く曲が増えていきました。それはそれで良いのですが、ビル・チャンプリンが加入した16作目以降は、ほとんどロバートの曲がないのは残念です。80年代初頭の低迷からはい上がり、バラード中心の新たなヒット曲を連発したシカゴも、最近の「企画もの」が続くシカゴもそれなりに好きで聴いていますが、シカゴは70年代前半につきるのではないかと思います懐古主義でも何でもなくて、今の若いリスナーでも感動させるパワーをそなえているのは15枚目、特に1・2・5だと思えます。   

(ロックの部屋「超大物のこの1枚」より転載)



No.3
名前 アブラヤ
電子メール aburaya@cool.email.ne.jp
URL http://www.asahi-net.or.jp/~dv5y-ucd/
いつ聴いたか 1972年
その時の境遇 中学2年かな?
今でも聞きますか 天気の良い日などに…
レヴュー本文  今から思い起こせば、たしか私が無事中学2年生に進級した1972年の初夏だったように記憶しています。どこまでも抜けるような青い空の下、同じクラスの仲間達と共に秘境を目指すサイクリングに出かけたのでありました。 そして、もう誰だったのか忘れてしまいましたが、自宅からラジカセを背中に背負ってきた奴が一人いて、彼は大音量でカセットテープから流れてくるサウンドに酔いしれながら、さも気持ちよさそうに(鼻歌を歌いながら)ペダルを漕いでいた姿が印象に残っています。どこまでも果てしなく続くような、埃っぽい田舎道と抜けるような青い空…そして擦れ違う人々が吃驚する程の大音量で流れてきたのはビートルズやローリング・ストーンズ、スリー・ドッグ・ナイト等々のナンバーだったのですが、彼の御陰で御機嫌なサイクリングになったものでしたっけ。やはり黙々と自転車を漕ぐよりも、バックで音楽が鳴っていた方が全然気持ちが良いに決まっているのだ。
そして長い道中、とうとう彼の手持ちのカセットが無くなり、仕方なくFMラジオに切り替えた途端、あのピアノのイントロに導かれて流れてきたポップな曲が、シカゴの「サタディ・イン・ザ・パーク」だったのでありました。

 あの日から既に四半世紀近くもの歳月が経過しているし、この「サタディ・イン・ザ・パーク」にしても、今までに何百回聴いたか定かではないのですが、狭い自分の部屋で膝を抱えて聴くよりも、やはり広々とした大空の下で聴いた時の印象が今でも鮮烈に残っていて、今回久しぶりに彼等のアルバムを聴き返した際にも、冒頭にお話しした大昔のサイクリングを思い出してしまう私だったりします。

 さて今回紹介させて頂きますのは、あのシカゴが1972年に発表した、彼等の5枚目のアルバム『Chicago 」』なのであります。たしか、それまでに発表された彼等のアルバムは全て2枚組ないし4枚組!という、貧乏な中学生にとっては高嶺の花とでも云うべき存在だったように記憶しているのですが、この『Chicago 」』は堂々たる?シングル・アルバムとして世に出た最初の作品だったのではないかと思っています。1967年のデビュー以来、彼等の最大のセールスポイントであったブラスサウンドは、どうも発表するアルバム毎に段々と後ろの方へ引っ込んでいったような気がしないのでもないのですが、それと平行するように歌詞の内容も徐々に政治的なメッセージも影を潜めていった結果、極端に長尺の曲や「いったい現実を把握している者はいるだろうか?」みたいな、やけに長い題名の曲もなかったりするし(笑)、何よりもポップで洗練された世界は、現在改めて聴き返してみても充分に楽しめるアルバムなのだと再発見しました。

 しかし、未だバリバリの現役で活動している、シカゴの歴史を振り返ってみると、まるで一人の男性が成長していく過程を見ているような気がするから不思議だ…。ベトナム戦争や人種問題等々、社会に対して痛烈なメッセージを声高に訴えていた学生時代、そして程なくしてそれらは全て砂上に描いた共同幻想に過ぎなかったという現実に直面、就職して社会の枠組みの中に取り込まれる事に対する挫折感。それから歳月が過ぎ、如何にしてビジネスの第一線で生き残って行けるかどうかという、猜疑心に苛まされる?中年にさしかかった現在…。しかし今回紹介した5枚目などは、彼等がポップで洗練されたバンドとして、まさに油の乗りきった時代のアルバムなのではないかと思うのでありますが、今にして思えば彼等ほど、その時代特有の雰囲気に反応してきたバンドはいないのではないかと思っています。

(アブラヤのHP「Rock Steady」より転載)

(Mar.14,1999)



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